セルヴィッチデニムとは?岡山デニムに息づく職人技

セルヴィッチデニムとは?岡山デニムに息づく職人技

「セルヴィッチ」という言葉を聴いたことはあっても、

その実態を知らない方は多いのではないでしょうか。

それは岡山のデニムづくりを支えてきた、ある旧式織機の話です。

 



生地の両端が自然に回がる、旧式の織機

セルヴィッチとは、英語の「self-edge(自己終端)」が語源です。

シャトル織機と呼ばれる旧式の紗机でタテ糸とヨコ糸を低速で抛り織りにすると、

布の両端に自然とミミのある耐久のある耐える縁(ミミ)ができます。

このミミを活かして仕立てられたジーンズは、

ロールアップしたときに外側ラインにミミが見えるのが特徴です。

 



効率よりも、風合いを

現在主流の幅広織機は、広い幅の生地を高速で織ることができ、

高い生産性を実現しています。

対して、旧式のシャトル織機は織れる幅が狭く、速度もゆっくり。

生産効率だけを考えれば、決して優れているとはいえません。

それでも、ゆっくりと織り上げることで生まれる、

生地表面の独特な凹凸や風合いがあります。

効率を追い求めるのではなく、時間をかけることで生まれる表情を大切にする。

岡山のデニムづくりには、そんなものづくりの姿勢が受け継がれています。



検反と修繕、人の目と手による仕事

旧式のシャトル織機による製織は、すべてを機械任せにできるものではありません。

製織中に起こる糸切れなどのトラブルには、人の手による対応が必要です。

そして織り上がった生地は検反工程へ。

織りキズや織りムラなどがないか、人の目で生地の状態を確認していきます。

高速・大量生産を目的とした現代の織機とは異なり、

シャトル織機はゆっくりと生地を織り上げます。

効率だけを追うのではなく、機械を動かし、人が確認し、必要な箇所には手を入れる。

こうした工程を経て、シャトル織機ならではの風合いを持つデニム生地がつくられていきます。

 



なぜ岡山なのか

岡山県、とくに倉敷市児島は、古くから繊維産業が発展してきた地域です。

その歴史は、江戸時代の綿花栽培にまでさかのぼります。

綿織物から真田紐や小倉織、足袋へ。

さらに時代の変化とともに学生服や作業服へと生産品目を広げ、

そこで培われた縫製技術を背景に、

1965年には児島で国産ジーンズの生産が始まりました。

現在も児島をはじめとする岡山県内には、染色、織布、縫製、洗い加工など、

デニムやジーンズの生産を支えるさまざまな事業者が集積しています。

一つの技術だけではなく、長い繊維産業の歴史の中で培われてきた技術と、

それぞれの工程を担う職人や企業が地域に集まっていること。

それが、岡山が日本を代表するデニム・ジーンズ産地となった大きな背景です。

 



KAKEYAのジーンズも、その一本

半世紀以上、岡山で縫製を続けてきた私たちにとっても、セルヴィッチは特別な素材ではなく、日常の道具のようなものです。

ただしその価値は、知れば知るほど重みを増します。一本のジーンズの裏側にある、見えない手間と時間。

それを知った上で穿く一本は、きっとこれまでとは少し違って見えるはずです。

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